生活保護制度を考えるフォーラムに参加して~その②

2015年5月26日 08時29分 | カテゴリー: 活動報告

右から寺中誠さん(東京経済大学講師)、小松久子都議、尾藤廣喜さん(弁護士で生活保護問題対策全国会議代表幹事) ソーシャル・ジャスティス基金(SJF)が開催するアドボカシーカフェ5/13

生活保護法の原理は ①生存権保障の原理   ②無差別平等の原理  ③最低生活保障の原理  ④保護の補足性の原理    ⑤不服申立制度の確立だということをフォーラムで学びました。しかし、実際には手続きをしにくくすることで申請する権利を侵害したり、稼働年齢層やホーム レスの人は申請してもなかなか受理されないなど原理を否定するようなことが起こっています。一律的なルールで縛るのではなく、その人の事情や状態にきちん と寄り添った相談・支援の在り方が問われていると感じました。

 講師から問題提起された形式的平等と実質的平等について、たとえば、背の違 うABCの3人が塀の向こうの野球の試合を観たいという時、BとCは台に乗らないと見えません。その時に同じ高さの台を3人に1つずつ与えるのが形式的平 等(Equality)、Aは台がなくても見える人、Cは台に乗っても見えません。一方は、Aには台はなし、Bには1台、Cには2台を与えることで全員が 野球を見ることが出来るようになるという実質的平等(Equity)。さて、みなさんはどちらが本当の意味での平等だと思いますか?

 生活 保護に至る手前の救済として、今年の4月から生活困窮者自立支援法に基づく総合相談事業などが各自治体で始まっています。その当事者がなぜ生活に困窮して しまったのか、今後どうしていきたいのかを丁寧に引き出しながら当事者に寄り添った自立支援がとても重要になってきます。二段階構えのセイフティネットが 整備されたのですから、生活保護はその人の生存権を守る最後の砦として機能させなくてはならないと考えます。生活保護という名前が良くないという意見も会 場からは出ましたが、与え施すという福祉的な考え方から最低限度の生活権を獲得していく制度だという認識に変えて広げていくことが必要です。生活困窮に対 する自己責任論がバッシングの根源にあるように感じますが、自分には関係ないと思っていても、今の時代何が起こるかわかりません。明日は我が身!だという ことを一人一人が自分のこととして考えて行くための機会をつくっていきたいと思いました。