映画『”記憶“と生きる」』元慰安婦が語る物語

2015年7月26日 21時40分 | カテゴリー: 活動報告

人の“記憶”は良いことも悪いこともそれぞれあるが、忘れたくても忘れられない屈辱的な記憶を背負いながら生きてきた「慰安婦」と呼ばれたハルモニ(おばあさん)たちがいる。彼女たちの意思や尊厳は奪われ、悲しみや恐怖の中で過ごした数年間。ハルモニたちから発せられる言葉は今だから余計に私の胸に突き刺さった。

 戦争という愚かな道に再び向かえるように日本をつくりかえようとしている安倍政権。20年前に撮影した映像を今、ドキュメンタリー映画として発表した土井敏邦監督と、辛い記憶を語ってくれたハルモニたちの勇気に敬意を表したい。

 土井監督が20年の時を経て映画化したきっかけは、2013年5月の橋下徹大阪市長の「慰安婦」問題発言だったと言います。「どの国にもあったのになぜ、日本だけ「慰安婦」問題が取り上げられるのか」といった橋下発言に対して、この人たちには被害女性たちの“顔”が見えていない、「元慰安婦」というマスで語られる限り、被害女性たちの個々人の“痛み”は伝わらないと考えるから、彼女たちの“顔”を見せなければならないと思ったと。

 その素材を持っている、それも日本人である自分がやらなければとの思いから本格的な編集作業に取り掛かったとのこと。確かに、誰が何と言おうと彼女たち当事者が語る生々しい話は紛れもない事実に違いないし、監督の思いはダイレクトに観るものに伝わったと思う。日本ではすでに終わった話のように扱われているが、映画の中でも日本国民から集めた民間募金による「償い金」を受け取るかどうかという議論が印象的だった。

この「償い金」は民間募金であり、被害者の求める国家責任による賠償ではないことに対する彼女たちのプライドを垣間見た気がした。

3時間半以上の映画だったが、それでも語りきれないエピソードがあるという。上映と同時に出版されている『“記憶”と生きる~元「慰安婦」姜徳景の生涯~』(土井敏邦著/大月書店)には、映画の第2部に姜徳景さんという一人の女性になぜスポットを当てたのか、彼女が土井監督に語らなかったこと、語りたくなかったことが書かれているという。この本も読んでみたいと思う。

 戦後70年、安倍首相がこの夏に出すと言われている談話の中身が注目されている。正しい歴史認識に基づき、先の戦争への反省と謝罪は忘れないでほしいと思う。戦争は人々の人生を狂わせる。人々から自由を奪い平和な暮らしを奪い、生涯にわたってその“記憶”は消すことが出来ない。だから、二度とそのような状況を作り出してはならないし、安保関連法案を廃案にしていくための力を緩めるわけにはいかないと改めて思った。